"COP HATER" Ed McBain
冒頭で起こる1件の殺人。87分署の刑事キャレラとブッシュが現場に到着し、確認してみると被害者は同僚のマイクだった。 運悪く被害に遭っただけかとも思われたが、その後も連続して刑事が殺されていく。 犯人は何者か。刑事を狙ったのは故意か。計画的なものなのか狂人の仕業なのか。分からないことばかりは増していき、ましてやこの猛暑の中。事件を追うキャレラは消耗しつつも事件の謎を解いていく。
刑事に必要なのは頭ではなく足。しぶとさと粘り強さが結果を出すのだ。 関係者や疑わしきものに会い、話を聞き、時には家宅捜索を行い、刑事を、同僚を狙う犯罪者に迫っていく。
サヴィジという記者が出てくるのですが、この野郎(下品ですみません)の軽率さにものすごく腹が立ちます。しかし気がつけば1番リアリティを感じる登場人物になっていました。案外嫌われ役って生き生きしてますよね。
ミステリでは常套の意外な結末も、主人公が探偵ではなく刑事という視点から見ると新鮮に感じられます。 本作はかの<87分署シリーズ>の第一作目。これからのキャレラの活躍が楽しみです。
"THE BOOK HUNTER'S DREAM"
古書店主が殺害された。被疑者とされるのは被害者の営む古書店と同じビルに入っているテナント「清水書店」に集まった面々。彼らは「清水書店」店主が主催の愛書家の集い「黎明の会」のメンバーである。 それぞれの趣味、それぞれの生活が絡んだ事件は謎に満ちたものだった。古書蒐集家を巡って紡がれる物語。
全ての古書蒐集家がこの作品に出てくるような人物だとは思わないが、濃い人物が揃っているものだなあ。 本好きが高じて古書店主になるものあり。また家族に疎まれながらも本で家を埋めてゆくものもあり。 古書愛好家というとのんびりした趣味人を思い浮かべていたため、この作品で書かれる愛憎入り交じった人間関係は意外だった。より良い本を我が手にするため、金はもとより関心も労力も全てが本に向けられる。ライバルに先んじられまいと人を押しのけ、金をちらつかせ、そこには戦いがある。
推理小説としての完成度はそこそこ。無駄な点が多過ぎるのが気になった。けれどその無駄な点が作品に面白みを加えているのでばっさりと切るわけには行かないだろう。しかし別の犯人のの可能性を否定した上での犯人逮捕となって欲しかった。 愛書家や古書店の実態が知りたいという時には面白い読み物になると思う。
"GHOSTS" PAUL AUSTER
「まずはじめにブルーがいる。次にホワイトがいて、それからブラックがいて、そもそものはじまりの前にはブラウンがいる。」 こんな書き出しから始まる、簡潔な文体で綴られた物語。
ブルーはホワイトからブラックを見張るよう依頼される。いつものように探偵としての業務をこなすブルー。 しかしその仕事はブルーにとっては不可解なもので、何故ホワイトはこのような依頼をするのだろう、ブラックは何者だろうという疑問が生じてくる。 一日中机の前に座っているブラックを見張りながら、ブルーは否応無しに思索する自分を自覚する。 ブルーは自分の置かれた状況を、ブラックとホワイトの正体を、自分の仕事を、人生を考える。
登場人物たちには色の名前が付けられている。ブルーが作中考え、列挙するように物には色がある。しかし色は物ではなく、形もなく、抽象的な存在に過ぎない。 抽象であり個とはなりえない登場人物たちがそれぞれの役割をこなしてゆく。そこは虚構の世界である。 しかし何者でもない彼らは何者にでもなりうる。
これはブルーの、そしてホワイトとブラックの物語であるが、これを読む者の物語でもあるのかもしれない。
筒井康隆作の推理小説。
解答編の一歩手前の一言の衝撃にしばし真っ白になり、それから一気に事件の全貌が俯瞰できた。 思い返せば結末へ至る道を誤魔化すためのやや不自然な記述があったが、それは自分に都合の良いように変換し、納得していた。そこを上手く突かれたものだから、まったく無防備なところに一撃が見事に入ったという感じだ。
裏表紙のあらすじに「前人未到のメタ・ミステリ」とあったので「またメタか!」と叫んでしまったのは以前『朝のガスパール』を読んでどう評価してよいか分からず結局感想も書かなかったためだが、これはメタではなくミステリで馴染の一手法のバリエーションだと思う。 アンフェアだと言われそうだが、私はこの手法が好きなので非常に楽しめた。
解答編は不要に思えた。読者は非常に分かりやすい解法の手がかりを与えられているので、自分で読み返して納得すればいいのだと思う。動機は予想の範疇だったので意外性はなかったが、無意識のうちにはずしていた結末だったため、これまたしてやられたという感じだ。
あえて蛇足となる解説をしたのは筒井の、本業ではない推理小説という分野でフェアであろうとする精神の現れだろうか。 『富豪刑事』でも似た感想を抱いたのだよなあ。 親切ではある。
トリックを理解したからこそもう一度読んでみたいと思う。その時はきっと作者の仕掛けた罠に気づいてにやにやしやしてしまうだろう。 第2章の時点ですでに読者にはヒントが与えられている。あくまでもフェアな推理小説である。
"Diagnosis:Impossible 3" Edward D. Hoch
サム・ホーソン医師が事件を解決する短編集。 作者のホックはほとんどの作品が短編集で、それで生計を立てている希有な作家らしいのだが、さすが短編にこだわるだけあって短いからこそ輝くアイディアが光る作品を書く。
ホーソーン先生の前で突然駆け出し、そのまま水中に身を投げてしまった女性。彼女の身になにが起きたのか。 サーカスの途中で消えてしまった団員。 幽霊に殺されたかに思えるサンタの扮装をした男性。
鮮やかなホーソン医師の解説はなるほどと楽しめるけれど、ミステリの経験値をある程度積んだ人ならだいたい途中でトリックは分かるのではないかな。 ちょっと無理のある動機も気になった。どの作品とは書かないが、それなら何故関係者を皆殺しにしないの?とかね。そう思う私もかなり問題だ。 雪に囲まれた密室ものというミステリの定番の状況がが2編出収録されているが、どうも冴えない仕上がりになっているのが残念。
それでも提示される数々の謎は魅力的なのだ。自力で謎を解くべく頭を悩ます。解けなかった時は素直に悔しがる。そんな時間を楽しめる作品集だ。
"Childhood's End" Arthur C. Clarke
技術の発展。人類がいよいよ地球外に飛び出そうとした矢先、巨大な宇宙船団が地球上空覆った。 初めての異星人とのコンタクト。怯える人類に異星人たちが行ったのは力ずくの侵略ではなく緩やかな支配だった。遠い地からやって来た彼らの狙いの真意は人類に理解出来なかったが、人は彼らの支配を受け入れ、彼らを上帝(オーバーロード)と呼んだ。
本書は3部からなる。第1部で人類がオーバーロードと出会い、「黄金時代」と題された第2部で平和と繁栄を極め、第3部で地球は幼年期から脱しようとする。
教育が行き届き、治安が維持され、迷信は払拭され、労働からは自由になり、欲するものが簡単に手に入る時代。第2部で描かれる地球の未来は平和その物で、確かに憧れるけれど、今の生活とはかけ離れているせいでそれで本当にいいのかと心配になってしまう。 どこへでも行ける。どこにでも住める。生産は機械任せにできる。オーバーロードから与えられた新技術の数々はいつか現実に人の手によって実現する日が来るのかな。
全部を通した物語の主軸は何故オーバーロードたちは地球へやって来て支配を始めたのかという謎。 真相はもちろんきちんと説明されているのだけれど、どうも腑に落ちない。クラークの作品は『2001年宇宙の旅』を読んだのみだけれど、そのときも何を言わんとしているかがはっきりとは理解できなかったのでどうも私の読解力が足りないか、この作者との相性が悪いようだ。
しかし人をはるかに越えたオーバーロードたちの知能と技術力、未来世界の様子などの描写は秀逸。非常に楽しめる。
第1部の人類とオーバーロードとの交流に関する描写が好きだ。 オーバーロードは故あってその姿を人類の前には現さなかった。彼らはどんな姿をしてるのか、何故姿を見せることを拒むのかという謎が人々のそして私の最大の関心だったが、それは意表を突くものだった。このオーバーロードにまつわる憶測だけを上手く抜き出せばそれだけで短編として楽しめそうだ。 特に人類代表とオーバーロード代表の奇妙な友情の部分がいい。
そして宗教と歴史。当たり前の事実認識が覆される仕掛けが待っている。種としての記憶というものが現実にあるのかは分からないけれど、本書に書かれた仮説はおもしろいと思う。 訪れる結末は切ない。
"THE EMPEROR'S SNUFF-BOX" John Dickson Carr 1942
離婚後、新しい婚約が決まったイヴという名の女性。 相手は向かいの家に住む青年トビイだ。イヴの部屋からは青年の父の書斎が見えている。
幸せのさなかにあったイヴの部屋に先夫、ネッドが以前同居していた際に使っていた鍵で忍び込んできた。 当然喧嘩になるが、向かいの書斎の光景にそれどころではなくなってしまう。 書斎では老人が死んでいたのだ。
不幸な偶然が重なり犯人にされかけるイヴ。 先夫にアリバイを証明してもらうこともある事情で当面は不可能で、彼女は窮地に立たされる。
無実の人間が疑われるという状況は苦手で、ストレスを感じるのですよ。 自分がこの状況に立たされたらと思うと恐怖ですよね。なんで信じてもらえないんだろう。周りの人間はなんて馬鹿なんだと頭に血が上ってしまうのです。
イヴにとっても私にとっても幸いだったのは、キンロス博士が味方についてくれたこと。
「このトリックには、さすがのわたしも脱帽する」とアガサ・クリスティが驚嘆したという本作。 どんな謎と解答が待っているのかと非常に楽しみでした。 犯人、犯行方法とも予想の範囲内。細部のみが違ったのですが案外簡単だったなというのが印象。 しかし途中でトリックが分かっても面白いのが名作の名作たるゆえん。 綿密にかつ大胆に仕掛けられた罠とキンロス博士の推理の過程、そして人間模様には楽しませてもらいました。些細な一言、一文も非常にフェアな作品だと思います。 イヴの無実が晴らされることを願いながら、一気に読んでしまいました。
"THE WOMAN IN THE WARDROBE" PETER ANTONY 1951
ホテルの一室で男が殺された。 事件現場である男の部屋に事件の前後出入りしたのは3名。
内一人は衣装戸棚の中に閉じこめられていたウェイトレス。 一人の男は窓から入り、扉から出た。 そしてもう一人の男は扉から入り、窓から出た。
それぞれに不完全ながらも目撃者がいる。 しかし探偵と警察が到着した頃、被害者の部屋の窓にも扉にも鍵がかかっていた。
探偵ヴェリティは警察にも世にも名の知られた名探偵という設定ですが、事件現場ではしゃぎ過ぎ。そんなに人死にが面白いですか。そうですか。 容疑者に対する配慮がなさすぎるのもどうかと思います。容疑者というのは犯人ではありません。無実の人間も含まれるのです。説教をして回るのも鬱陶しい。あまり好きになれる人物造形ではありませんでした。 その反対に懸命に事件解決のためにがんばる警部たちには好感が持てました。
ともすれば読者が怒り出しかねないオチでしたが、書き方が上手いせいかあまり腹は立ちませんでしたね。真面目に推理しても予想のつく範囲なのでアンフェアではありませんが、ひとつ大きなヒントになる事実を最期まで隠していたのがずるいなあという印象でした。 読者にその点をはっきり指摘しておいてなお、犯人が分からないような作品に出来れば文句無しの名作だったのですが。裏表紙の「戦後最高の密室ミステリといっても過言ではない」は大げさすぎますね。
"自称"リチャード四世の意味あり気な行動はおもしろかったです。ユーモラスの挿し絵もいいですね。
"PRIDE AND PREJUDICE" Jane Austen 1813
巻措くあたわずという本に出会えた幸運に感謝。 実際には途中で置いてますけど。特に後半は一気に読んでしまいました。 大きな事件が起こるわけでも無く、ある一家の娘たちの結婚話を描いただけの作品なのです。でもおもしろいのですよ。
美人で気立ての良い長女ジェーンに快活な次女エリザベス。その他3人を加えた5人姉妹。 その姉妹を「かたづけて」しまうのが生き甲斐の母親に我関せずの父親。 そこへある金持ちの青年が近所へ引っ越してくるという噂。青年ビングリーとその姉妹、そして大金持ちだけれど鼻持ちならないと評判の友人ダーシー。
長女と青年がいい雰囲気になるもいろいろあって危機を迎える。けれど最終的には大団円。 どうせまるく収まるんでしょうなんて思いながらもそこに至るまでの過程がおもしろくって読みふけってしまいました。 それぞれの自負心、高慢さ、嫉妬に優越感。偏見や誤解が相まって生まれる人間模様が楽しい。
長女ジェーンは本当に心がきれい。こんな姉がいたらなあとも思うけれど、信じ込みやすい性格は身内からすれば心配が多そう。 次女エリザベスは気性の激しいところがあるけれど、家より個人を重視する考え方やはっきりした言動が読んでいて痛快。思い込みも強いけれど思考の柔軟さも持ち合わせている彼女は一番の中心人物ということもあり感情移入してしまいました。作者もどうもエリザベスが好きらしく、ちょっと贔屓してますねえ。
下の娘たちは登場する場面こそ少ないけれどそれぞれがきちんと特徴づけられている。 おべっかばかりで何を話しているのか分からない親戚と、結婚は「くちすすぎ」と割り切ってしまったエリザベスの友人も凄いキャラクタだ。 母親はとにかく娘たちの(特に金持ちとの)結婚のことばかりを気にかけてヒステリーを起こすし、当てこすりばかりのミス・ビングリーや自身の特権に疑いを持たないキャサリン夫人などなど濃いキャラクターたちも物語に色を添えている。
話の中心はダーシーの自負心とエリザベスの偏見からくるすれ違い。 この二人に上記の姉や友人、そして妹の結婚、さらには姉妹の父母の様子が対比されていてそれぞれよくもまあ違う組み合わせが出来たものだと感心。
今とは違い家柄や階級が何よりも重視された時代にあっても、起きるどたばたな人間関係はあまり現代と変わっていないのだなあ。古さをまったく感じさせないのはやはり人類普遍のテーマを扱った作品だからだろうか。 とにかくおもしろい。この感想に尽きる。最高に楽しい娯楽小説です。
"HELL HOUSE" Richard Matheson 1971
マシスンの『地獄の家』読了。
超心理学者のライオネル・バレットはある富豪から依頼を受ける。 それは「地獄の家」と呼ばれるベラスコ邸へ一週間泊まり込み、死後の存在の有無を証明するというものだ。 他にも2人の霊媒が依頼を受けている。 内一人は信心深い女性の精神霊媒士フローレンス・ターナーであり、もう一人は男性の物理霊媒士ベンジャミン・フランクリン・フィッシャーである。
しかしそれを妨害するかのように不可思議な現象が起きる。 「地獄の家」と呼ばれるのは伊達ではなく、以前から数々の不可思議な事件が起きているのだ。 そしてフィッシャーは以前、今回と同じような趣旨でこの屋敷に来たメンバーの内のたった一人の生き残りだという。
「地獄の家」がそう呼ばれるきっかけとなった前所有者ベラスコの悪行の数々、ターナーが接触したベラスコの息子と名乗る霊、それぞれに降りかかる凶事などが描写され恐怖を煽ります。
心理的に訴えかけるホラーかと思いながら読み進めると、次第に科学的な幽霊論が繰り広げられていきます。 幽霊除去を可能にする機械を作るというバレットや信心があれば救われると考えるターナー。それに対して傍観の立場をとるフィッシャー。それぞれがそれぞれの方法で自分なりの解決を図ろうとします。 その過程がスリリング。 彼らは性格や、幽霊もしくは死後の存在というものに対するスタンスが違っており、自説を曲げない者同士の激しい主張の対立が起き、その主張を裏付けるための各人が行動に出ます。解決に至る道筋は推理小説的でもありますね。
結末に関してちょっと思うこともあるのですが書いてしまうと野暮なので避けます。 ホラー映画を見慣れているせいか音がない分怖くはないなあと思いました。 死後の存在の本質と、館に心霊現象を起こしている原因を突き止めるために戦う男女を描く冒険小説として読むと楽しめると思います。