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BOOK

2005年5月

リア王 / モロッコ水晶の謎 / ハゲタカは舞い降りた / 地球はプレイン・ヨーグルト

『リア王』 シェイクスピア 福田恆存・訳 新潮文庫 1967

"KING LEAR" WilliamShakespeare

シェイクスピアの四大悲劇の内の一作、『リア王』です。

リア王といえば悲劇の娘、コーディリア。 その正直さゆえに父、リア王から勘当され分け与えられるはずの領地は姉たちのものに。 しかしその姉夫婦に領地と権力を譲り渡したリア王はその愛情を信じた娘たちに軽んじられ、居場所を失い、正気までも失ってしまうのでした。

シェイクスピアといえば戯曲。苦手に感じていたのですが意外と読みやすかったです。独特の訳文(「かわいい」が「かわゆい」など。何度も出てきた。)がよかったのかもしれません。話の展開が早く、大仰な言い回しもテンポがよいのですんなり読むことができました。

話は主にリア王を中心にした流れと、グロスター伯の息子たちを中心にした流れが交互に描かれるので慣れるまでは現在の状況がつかみにくく苦戦しました。しかし慣れてしまえば逆に単調にならない良い工夫だと感じられました。

グロスター伯の息子たち、その弟であるエドマンドの策略により追っ手のかかった兄エドガー。彼は「哀れなトム」に身をやつし、気の狂ったふりをしてやり過ごすのですが、彼の台詞の調子がよい。本作一番の苦労人はエドガーなのかも。

道化の存在は初めは意味のわからないことを歌っているだけという印象だったのですが、王が正体を失っていく過程で道化と対比させることでその異常性が際立たせているのが上手いなという印象でした。道化、結構いい人です。 グロスター伯やケントの王への忠誠もけなげでよいです。

全体の感想としては「おもしろい」の一言です。今まで読まなくて損だった。 今回に味を占めて次は『ハムレット』を読もうかと計画中です。

すべての誤解が解けてコーディリアと王が和解。という展開を望んだのですが、やっぱり悲劇なのですねえ。ちょっと残念。しかし姉たちも、エドマンドもそんなに悪い人ではないような。アルバニー公がいいとこどりです。

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『モロッコ水晶の謎』 有栖川有栖 講談社 2005

国名シリーズ第8作目。 作家・有栖川有栖と臨床犯罪学者・火村英夫が事件を解決する。

収録されているのは中編3作に掌編一作。

『助教授の身代金』は火村先生(英都大学社会学部の助教授という設定)が誘拐されるのかと思いましたわ。 「助教授」の役で売れた俳優の妻に、旦那を誘拐したとの脅迫電話がかかるところから事件は始まる。 有栖川さんの作品はどうも凝り過ぎるといいますか、フェアであれという精神は良く理解できるのですが、こだわり過ぎて序盤でオチが読めることが多いのです。本作も警察が来る前に先が読めてしまいましたわ。この程度ならネタバレにはなりませんよね? 火村先生が犯人へ至る道筋はなかなかきれいでよいです。会話で不自然だなあと思った個所がきちんと伏線になっていたのですね。 この本の中では一番おもしろかった作品です。

『ABCキラー』はちょっと苦しいかなあという犯人でした。まず凶器を手に入れた過程が不自然ですしね。 犯人は何がしたかったのかもよく伝わっては来ませんでした。

『推理合戦』は箸休め(あとがきによると「お口直しのシャーベット」だそうである)といったところですか。とても短い作品です。 京都の姉御、朝井小夜子先生のご登場です。みなさん仲がいいんですね。

『モロッコ水晶の謎』は、理解はできるけれど、納得はいかない。そんなトリックでした。 作中の占い師には本当に未来が見えるのでしょうか。そこが一番気になったところでした。

国名シリーズの前作、『スイス時計の謎』の出来が良かったものですからかなり期待したのですがやや拍子抜け。 完成度はあまり高くないなあというのが個人的な印象でした。好みの問題もあるので絶対的な評価ではないですけどね。 読みやすい文章、馴染の登場人物と楽しめる作品ではありました。

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『ハゲタカは舞い降りた』 ドナ・アンドリューズ 島村浩子 ハヤカワ・ミステリ文庫 2003

"Crouching Buzzard, Leaping Loon" Donna Andrews 

いつもなんだか巻き込まれている主人公メグと、その周りにいる変わり者たちが繰り広げるコメディー。 一見のんきな世界の中ではいつも残酷な殺人事件が起きるのでした。

メグは彼女の弟に頼まれ、彼が立上げたゲーム会社へ潜入捜査をすることに。というのもロブがこの会社ではおかしな事が行われていると主張するからで。。

メグの家族はかなりの変わり者ぞろい。お嬢様な母親からミステリが大好きな医師の父親。そして司法試験を受けるかたわらに作ったゲームが大ヒットした弟。 この弟ロブ、今までは周りに紛れて影が薄いように感じていたのですが、これもなかなかのくせ者。 母方の血を継ぎかなりの美形(金髪・長身でゴージャス(本文参照))。さらには司法試験に受かる頭もあり、今では大ヒットゲームの販売元社長。かなりの高得点な(失礼)男性のはずがどこか抜けていて頼りない。メグに伝授されたハゲタカの舞を舞い、ゲームのことはろくにわかってやしない。でも何だか憎めない。いいやつなんだ。

そんなロブが社長を務める会社の社員も変わり者ぞろい。ゲーム会社の社員が皆そうなのか、この会社が特殊なのかはわかりませんが、バラエティに富んだ変人だらけなのです。 そのなかでも一番のいたずら者が殺されてしまい、メグはいよいよトラブル解決に乗り出すことに。

いつもいらいらし、振り回されながらも、結局は身内の窮地を救う。メグはエライと言いたいところですが、そろそろお休みが必要なのでは? 彼女の恋人、ハンサム・マイケル(1巻参照)がほとんど電話での登場というのが残念なところ。彼もまともにみえてこれがなかなかのくせ者ですから。もうちょっとおもしろいことしてくれればいいのに。

本作で一番笑ったのが「セクシーご近所」なのですが、これは原作ではなんと書いてあったのかな?訳者さんのセンスも最高です。なお本筋には関係ありませんので悪しからず。

読みやすい文体、楽しいキャラクタ、のんきな世界に不似合いだけれども馴染んでしまっている殺人。 犯人を捕まえるその瞬間まで、どたばたと楽しませてくれる作品です。

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『地球はプレイン・ヨーグルト』 梶尾真治 ハヤカワ文庫JA 1979

梶尾真治の『地球はプレイン・ヨーグルト』。SF短編集です。

『フランケンシュタインの方程式』は宇宙船内で起きたトラブルとその解決法。 なんだかばからしいのですが、そこが気に入りました。

『美亜へ送る真珠』は物語を綴る文章が良い。 話の内容よりも書き方の勝利かなあ。それもまた良しの名作だと思います。

『清太郎出初式』は『宇宙戦争』へのオマージュ。 宇宙人が攻めてきたその時、日本では何があったのか。SFというより人情ばなしという感じでしょうか。 清太郎達だけではなく、他の死んでいった人々にも、生き残った人々にもそれぞれの人生があったのだなあ。そんな事を思いました。

『時空連続下半身』は素直なバカSF。いや褒めているんですよ。

『志帆が去る夏』は切ない話。しかし梶尾真治はセンチメンタルな作品が多いですよね。そこがちょっと苦手だったり。 一部突っ込みどころがあるんですが。

『さびしい奇術師』は短い作品ですが、私はすごく好きです。自信をなくした奇術師。実は超能力者。でも自信はない。最後にくすりと笑って力の抜ける作品です。

『地球はプレイン・ヨーグルト』は味覚を通して会話をするという宇宙人と人類のファーストコンタクト。 宇宙人の言語(人間には味覚として認識)。謎の美食家の妄執。 一見コメディにも見える作品ですが、凄みがあります。しかしこの作品、読み終わるとある格言が浮かぶんだなあ。ネタバレになるので読んで確かめてみてください。

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