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BOOK

2004年7月

華氏四五一度 / あなたに似た人 / 夜来たる / 富豪刑事 / 文体練習

『華氏451度』 レイ・ブラッドベリ  宇野利泰・訳 ハヤカワ文庫NV

"FAHRENHEIT 451" Ray Bradbury

この本の中で人々は、ビデオにのめり込み、スピードに熱中し、何も考えない生活を送ります。 本は、そんな生活に対しての危険分子と見なされ、焼かれることになるのです。

華氏451度というのは、摂氏(私たちが普段使っている℃)にして約230度。 これは、巻頭で「本のページに火がつき、燃え上がる温度」 とされています。

主人公、ガイ・モンターグの仕事はファイア・マン。消防士ではなく、焚書係である。 冒頭のファイア・マン達が、焼かれる本を見ながら笑う様子は、少しでも本に愛着のある人であればぞっとするシーン。

彼らの<服務規律規定>によると、 「創立1790年。イギリス本国よりわが国に持ち込まれ、その影響をおよぼすおそれのある書籍を焼き払うことを目的とす。」 となっています。 燃やすべき書籍は、その内容により指定されているようにも読めますが、特に区別なく、本であればすべて焚書の対象となっているようです。

さらに、創立が1790年となっており、消防士という役割が過去の時代にあった(作中、建物はすべて耐火式なので不要)ということすら、歴史からは抹消されています。 本を読む人(=歴史を知る人)がいない、もしくは読む人は迫害されるので、歴史のねつ造に対して異議を述べる人もいません。

自分の職務に表面上は何の疑問も抱いていない様子のモンターグ。 しかし、その信念は、少しづつ崩れていくことに。 隣に住む不思議な少女との出会い、妻の不調、思わず伸びた手、本と共に心中する形で死んでいった老女...。

ブラッドベリの作品は、未来を描いているにもかかわらず、どこかノスタルジーを感じさせます。 スピード・アップが命という世界観に対して、ゆっくりと流れる文章。

「あたし?十七よ。でも、頭が少し、おかしいの。」 特に、少女クラリスと交される会話が好きです。

Amazon 『華氏451度』
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『あなたに似た人』  ロアルド・ダール  田村隆一・訳  ハヤカワ・ミステリ文庫

 

"SOMEONE LIKE YOU" Roald Dahl

 賭けをする男達(たまには女達)。  そして人間の想像力(もしくはその欠如)のおそろしさ。

 

 ダールが描く皮肉な世界。短編ならではの魅力がつまってます。

全部で15編の短編のうち、気に入った話しを少しご紹介。

 

「味」

 

 美食家でワイン通の客が、招かれた家で賭けを申し出る。   ワインの判定が当たったら、その家の邸宅と令嬢をもらい受けると言い出す。   家の主人はその賭けに乗るが、客はやたらと自信満々。   きっちりオチが用意されてるのが良いですね。

「おとなしい凶器」

題のままなのは読んでもらえれば分かりますが。   妻の平静さがその狂気を強調していて怖い。

この本はミステリに分類されているようですが、謎やら推理やらはそう登場しない。  この「おとなしい凶器」と「告別」が最もミステリらしいかな。   両者とも、女は怖いということらしいです。

「南から来た男」

  

 これが一番面白かった。   奇妙な男が言い出した奇妙な賭け。   賭博の世界は、はまり込んだらそこから抜け出せないものか。

「韋駄天のフォックスリイ」 「毒」

  主人公の思い込みと現実の落差。   最悪の想像と何てことのない現実。   良いほうに転んだのに落胆してしまうのは何故だろう。

 

「偉大なる自動文章製造機」

  作家なら一度はこんなこと考えるもんなのでしょうか。    失敗譚が多い夢の機械の話ですが、成功すると世の中こんな風になるという例。

 ダールは『チョコレート工場の秘密』など、児童書でも有名。   こちらはおそろしい話ではないけれど、ダールならではの皮肉が利いてます。

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『夜来たる 』 アイザック・アシモフ  美濃透・訳  ハヤカワ文庫SF

"NIGHTFALL ONE" Isaac Asimov

日本でも有名なSF作家、アイザック・アシモフの短編集。 本当の発音はア「ジ」モフなのですけど。

表題作「夜来たる」はアシモフが人気作家となる転機となった作品。 アシモフのベスト短編としてあげられることも多いとのことです。

収録短編の感想

「夜来たる」 「もし星が一千年に一度、一夜のみ輝くとするならば、人々はいかにして神を信じ、崇拝し、幾世代にもわたって神の都の記憶を保ち続ければよいのだろうか。」 というエマーソンの詩から始まります。 この詩の通りどころか、二千年に一度しか夜が来ない惑星、ラガッシュ。

科学者達は惑星運動を計算して、世界が暗黒に包まれる日が来ると予測するが、人々は信じない。 というのも、この惑星は六つの太陽をもち、すべての日が沈むのを、少なくとも現在生きている人間で目撃した人間はいないからである。 さらに、過去に夜が来たという記述の残る文献はほとんどなく、唯一それを暗示する文章は、非常に抽象的に、ある宗教の教典に書かれているのみだからである。 そして、この惑星の文明は、ある一定の周期性をもって火災で滅んでいるということがわかっていた。

夜を知らない人間が、初めて暗闇を体験し、空に輝く星々を見たらどうなるか。

世界には毎日夜が来る(白夜がある地方は一時除かれるけれど)ので、たかが暗くなっただけでどうかなるもんじゃないでしょうと思い、どうもピンと来ないのです。 それよりも、ずっと太陽の支配下にあるというのは落ち着かない気がするんですが。 確かに人は暗闇を怖れますよね。 怖いというのは、外敵の危険など本能的な部分も多分にあるのでしょうが、見えないために想像力が刺激されるんでしょうね。 それで悪いほうに考えると怖いということになる。 夜がなければ物語は生まれなかっただろうなんて言葉を聞いたことがありますが、暗闇の恩恵も人間はそれなりに受けているもんだと思います。 夜を好む人間も多くいるのだし(私もその一人だ)結構暗闇になっても何も起らないというオチも考えたのですが。

「緑の斑点」 すべての生物に緑の斑点があったら?私はきっと生活できませんね。 って自分にもあるのか。困った。 緑(イメージは黄緑に近い)って苦手な色なんです。好きな色なんだけど、色調や使い方によっては気持ち悪くなる。緑の斑点は最悪な使い方です。少なくとも私の中では。

すべての生物がみな一体だったら? 個性が声高に叫ばれるなんてことはないだろうな。 平和だろうけど、それが幸せかという疑問すら持てないというところが怖い。

「ホステス」 自覚のない間に忍び寄るというやつです。 「何故、あのひとはわたしと結婚したのか?」

アシモフの書くSFは、ミステリとも呼べる作品が多いと思う。 あー、上手いな。そう持ってくるのかって。 これもその一つ。

「人間培養中」 自分は本当に自分の意思で考え、行動しているのだろうか? よく投げ掛けられる疑問ですが、これもその答えの一つ。

「Cーシュート」 勇気ある行動の裏にある強い動機。 人間って結局こういうことで動くんですよね。

(memo) アシモフが自身のベストとして挙げている短編は、「最後の質問」「バイセンテニアル・マン」「停滞空間」だそうです。 いつか読みたい。

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『富豪刑事 』  筒井康隆 新潮文庫

金を湯水のように使って事件を解決してゆく「富豪刑事」こと神戸大助。

設定のわりには派手さがないかな。筒井康隆のいつものドタバタぶりもおとなしめです。

なんだか主人公の影が薄い。 その代わり、主人公のお父さまがいい味出してる。

まず、事件解決のため、金を豪勢に使うのはなんと「親孝行」のため。 若い頃悪事を働いてきた父親が、若気の至りを悔い、世の中の役に立つことならばと資金援助をするのです。

そして「お前はいい息子だ。刑事になり、正義のために戦ってくれている。」「私の金を使い果たすために神がこの世に使わされた天使のようなものじゃ。」と 泣くんです。 さらに涙でむせ返っていつも発作を起こす。

お父さんは若い頃に何をやってたんだか、ヤクザの幹部とも知り合いである。 思い立ったら実行の人。

実はこのお父さまが主人公かも知れない。 事件解決のためだけに「赤字」を見込んで設立した会社が、「黒字」を出してしまった時に大激怒したお父様が素敵でした。

作者が「しんどかった」と言う通り、慣れない推理物に苦労したようですが、さすが筒井康隆。半端なものは出しません。 起る事件はそれぞれ、強盗・密室殺人・誘拐・ヤクザの抗争。そのつど解決するための金の使い方は違います。 論理的な推理・解答も用意されていて、良くできていると思いました。

『富豪刑事』
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『文体練習』 レーモン・クノー  朝日奈弘治・訳  朝日出版

"exercices de style" raymond queneau

面白い本とは? 発想が優れていて、ストーリーに起伏があって、文章が素晴らしくて...といろいろ挙げることが出来ますよね。

この『文体練習』、上記のどれにも当てはまらないけれど、とにかく面白いんです。

まず、メモがあり、以下のようなことが記されている。 少し風変わりな男が混雑したバスに乗ってきて、そこでもめ事を起こすのを見かける。 二時間後、同じ男が連れと一緒にいて、何か話しているのをまたも見かける。

本に書かれている内容はたったこれだけ。 平凡な風景に、思いがけぬ展開も(ちょっとはあるけど)ほとんどない。 そしてこれらをなんと、99通りの文体で延々と書き直しているだけなのです。

メモから始まって、主観的な立場から、客観的に、荘重体で、俗悪体で・・・ 99通りともなると、初めはなるほどと思うような文章も、だんだん自棄になってきてんじゃないの?ってなぐあいに無理やりになって来るのです。 アナグラムやら、嗅覚や味覚、触覚なんてのまであるのですよ。

とくに笑えたのは、復述式と、同一後の連続使用。 一番気に入ってるのが、枕草子調な古典的。「昼は、バス。満員のころはさらなり。」上手いっ。 笑えるといっても、大笑いではなく、くすりと笑ってしまう感じ。

この本が面白いのには、もちろんフランス文学では著名な作者の力量もあるのですが、日本語の訳者さんが負ってるところが大きい。 上記の古典的は、原文をそのまま日本語に訳すことが出来なかったそうで、ほぼ訳者さんのオリジナルです。 その他の文も、よくもまあこれを訳したなとひたすら感心です。拍手!

フランス語の教科書としても使われることのあるほど優れた書物だそうで、いつか原語で読んでみたいと思ってるんですがね〜。 私の語学力では、いつになることやら。

Amazon 『文体練習』
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