*FILE BOX

BOOK

2005年1月

絶叫城殺人事件 / 舞台裏の殺人 / 赤頭巾ちゃん気を付けて / イギリス的「優雅な貧乏暮らし」の楽しみ / カフカ短篇集 / レ・コスミコミケ

『絶叫城殺人事件』   有栖川有栖  新潮文庫

 

臨床犯罪学者、火村英夫と、その助手で作家の有栖川有栖が事件を解決するシリーズの短編集です。

  

 「黒鳥亭殺人事件」   主人公二人は大学時代の友人、天農仁に招かれ、彼の住む黒鳥亭へ。天農に、その黒鳥亭で起きた不可解な事件の解決を頼まれる。

間に挟まれる二つのエピソードが、事件解決へとつながります。

 

その一つが有名なイソップ童話、「アリとキリギリス」。この童話に関する作中の有栖川氏の解釈は、まったくもって同感。同じことを思う人もいるもん だなあと思いました。  キリギリスが働かないのは勝手だけど、自分がやったことは自分で責任を持って欲しい。冬にのたれ死ぬ覚悟ぐらい持って夏に遊び暮らせば良いのに。アリは 自分で責任を持って自分の面倒を見ているわけで、キリギリスにご飯をあげてアリのご飯が足りなくなってしまったらどうするんだ。なんて子供の頃からいつも 思ってましたから。 あまりかわいげのない子ですねえ。ちなみに、嫌いな言葉は連帯責任でした。ますますかわいげのないこと。

もう一つのエピソード「二十の扉」 は、二十個のヒントを相手に与えて、それが何をさしているかを当てるゲーム。 最初の数個のヒントで答えがわ かってしまった私は、子供と思考が一緒なのかしら。

有栖川氏の作品には、世界の残酷さを正面から見つめたものが多いように感じます。氏の優しさが唯一の救いだと思います。

「紅雨亭殺人事件」   は、情景イメージが喚起される作品。   映画の撮影に使われた屋敷が舞台となりますが、小説を読みながら、こちらも映画を観ている気分になります。

「絶叫城殺人事件」   表題作です。

 

 絶叫城という名のお城で起きる殺人事件かと思いきや、絶叫城とは人気のゲームソフトのこと。文章を読む限り、バイオ・ハザードのようなゲームで しょうか。   バイオ・ハザードは、少しだけやったことがあるのですが、怖くてクリア出来ずでした。

 この作品が、犯人と言うか、オチをよむのが1番簡単に感じたのですが、こういう結末だったら嫌だなと思っていた答えが大体的中するんですよ。

   

全作品を通して思うのは、作者の世界を見る目はとてもシビア。それでも優しさに溢れていているのだなあということです。

Amazon 『絶叫城殺人事件』
cat;book cat;arisugawaa

『舞台裏の殺人』 キャロリン・G・ハート 青木 久恵・訳 ミステリアス・プレス文庫

"Something Wicked" Carolyn G.Hart

コージー・ミステリの人気シリーズ。若者カップルアニー&マックスが活躍します。

第1作目だと思い込んで手に取りましたが、「日本語訳では」第1作目。原作では第3作目となっております。ちょっとだまされた気分ですわ。(*1)

素人劇に参加するアニーとマックス。しかし練習には妨害が繰り返され、ついには殺人事件までおきてしまう。愛しのマックスが疑われたためアニーは事件解決に奮闘する。

謎解きはもちろんのこと、登場人物の個性豊かなところが面白い。 特にマックスのお母様がちょっと飛んでる人で、「宇宙的啓示」を受けたため息子夫婦の結婚式をすばらしいものとせん為に、それはもうびっくりするようなアイデアを連発。そのおかげで暗くなりがちなストーリーもコメディ調になり楽しく読むことが出来ます。

そして本書に惹かれた一番の理由が、主人公アニーがミステリ専門店を経営しているという設定。

ミステリ専門店<デス・オン・ディマンド>"大西洋岸随一のミステリ専門店"である同店には、最新のホットなミステリから今ではめったに手にはいらない貴重な古書まで、あらゆるミステリが揃っています (巻末『新しいのに懐かしい本格ミステリ・シリーズ』より)

こんなお店、ぜひとも近くに出来て欲しい!

(*1 一作目は"Death on Demand" 調べた限りでは翻訳は出ていないようです。)

Amazon 舞台裏の殺人
cat;book cat;carolynh

『赤頭巾ちゃん気をつけて』  庄司薫 中公文庫 1973

「お行儀のいい優等生」というレッテル(と自覚)にうんざりしつつも、"ぼくを襲った悪口(*自分で言ったのだけれど)を全部認めても、まだなんていうか「字余り」みたいに残るなにか分けのわからぬぼくだけのものが確かにあるのだ。"と言える「ぼく」はほんとうに強いのだと思う。

親指の爪を剥がしてしまったり、東大受験が中止になってしまったために大学進学を止めたりと悲惨なのに、痛さを引きずりながらゴム長でずこずこと歩いたり、近所のおばさまたちにつかまってまくし立てられたりと、何だか滑稽だ。そんな状態で「ぼく」はいろいろと考える。

安田講堂もゲバもわからない世代に生まれたけれど、時代は変われど考えることは似たようなもの。そこが何だか嬉しかった。

けれど冒頭の"ぼくは時々、世界中の電話という電話は、みんな母親という女性たちのお膝の上なんかにのっているのじゃないかと思うことがある"という面白い一文が、今では通じなくなっているのよねというのがちょっと可笑しくもありました。当時は携帯の普及なんて想像しなかったのだろうなあ。

Amazon 『赤頭巾ちゃん気をつけて』
cat;book cat;shoujik

『イギリス的「優雅な貧乏暮らし」の楽しみ』 吉谷 桂子・吉谷 博光 集英社be文庫 2003

イングリッシュ・ガーデンを中心に、多数の美しい写真が文庫サイズにコンパクトにまとまった本です。

「優雅な貧乏暮らし」とタイトルにはありますが、これは節約術よりも心がけ次第でより豊に暮らせるということを指したもののようです。土足の気軽さや、クラブに入ること、アンティークを安く手に入れることなどはなかなか日本では実践しにくいですが、内と外をつなげるインテリアや気に入りの香りの洗剤を使うのどのちょっとした気配りは簡単に真似が出来ていいですね。

途中、突然に文体が変わって驚いたのですが、ご夫婦の共著だからなのですね。文末に書名があるのですが初めは気がつきませんでした。博光さんの方は簡潔で読みやすかったのですが、桂子さんの文章が上手いとは言い難いのが残念。

Amazon 『イギリス的「優雅な貧乏暮らし」の楽しみ』

『カフカ短編集』  カフカ 池内紀・訳 岩波文庫

"Erzahlungen und kurze Prosa" Franz Kafka

わかったようなわからなかったような。全ての作品がそんな感じです。それでも面白いから不思議。

一番わかりやすかったのは『町の紋章』。バビロンの搭建設のため人々は集まり、計画を立て、町を作る。未来の技術はもっと進歩するだろう。それでは今やっても仕方がない。そして町の紋章には搭のシンボルだけが残る。なんともシニックな話しです。

とても気に入ったのは『父の気がかり』。平べったい星形の糸巻きのような生き物(?)オドラデク。いたと思ったらいなかったり。あそこにいると思ったらここにいたり。何とも奇妙な存在が、何故だか切なくなりました。

『流刑地にて』は筒井康隆を思いだす。将校の威張りっぷりとその末期から連想したのかな。

『中年のひとり者ブルームフェルト』は前半と後半で全く趣が異なる。前半はブルームフェルトの後ろに変なボールがついてくる。理由がわからない。『変身』の不条理を思い起こさせるけれど、もっと軽いのり。後半はブルームフェルトの職場の様子。部下は役に立たない。けれどそれだけだ。未完のようにも感じられるけれど、人の人生に区切りがあるわけではなし。これはこれでひとつの完成された物語。

その他数編。全てなんとも妙な味のあるはなしです。おとぎ話とも思えるし、なにか哲学的な題があるのかとも思われる。カフカは本当に不思議な作家ですね。

Amazon 『カフカ短篇集』
cat;literature cat:kafka

『レ・コスミコミケ』 イタロ・カルヴィーノ 米川良夫・訳 ハヤカワ文庫epi

"LE COSMICOMICHE" Italo Calvino

宇宙が存在する前から生きてきたというQfwfq老人(読めないよ)。彼の本当なんだか法螺なんだかわからない、けれど魅力的な話しに引き込まれます。

地球と月の距離が今よりずっと近かった時分、よく月のミルクを船で取りに行った話し。 宇宙に自分だけのしるしを付けようとするも、しるしが何か分からなかったという話し。 生物が陸へと上がり始めたのに、頑なに海へ留まることにこだわった叔父。 宇宙どころか空間すらも無い時代、それでも親族や仲間が存在したある一点でもあり全てでもあった場所。 2億万年前の自分の行動が引き起こした不安。

幻想的な月のイメージから、想像出来るような出来ないような空間の概念まで、とにかくおもしろい描写が続きます。

わかりやすく、そして少し切ない話しが『恐龍族』。Qfwfq老人(だから発音出来ないって)が最後の恐龍族になった時代の話し。世界は新生物=ほ乳類が繁栄しつつある。そんな時に滅びから逃げ込んだ台地からQfwfq老人はやっと下へ降りる決心をする。仲間はもういない世界でどうして生きられようと思い悩むQfwfq老人が、新生物に出会う。相手はもちろん恐れ戦き逃げ出すという予想に反して世間話などしてくるではないか。 すでに恐龍は過去の伝説。新しい世界が始まっていたのだ。 なかなか自分が恐龍だとは言いだせないQfwfq老人は新生物の勝手な恐龍へのイメージに憤ったり悲しくなったりと落ち着かない。 恐龍は死に絶えたけれども滅んだからこそ残したものがある。しかし物語は意外な場所へ着地します。それは読んでのお楽しみ。

物語が伝えてくるイメージが、見たことがあるはずもないのに、そこに自分がいたような、そんな錯覚さえも起させます。 妙に現実的な幻想の世界で遊ぶことが出来る作品です。

Amazon 『レ・コスミコミケ』
cat;calvino cat;sf
next
*FILE BOX