*FILE BOX

BOOK

2005年2月

ドミノ / 合本・青春殺人事件 / 夜光曲 / 予告された殺人の記録 / ピーター卿の事件簿 / 亜愛一郎の転倒 / マイナス・ゼロ / 敵は海賊・海賊版 / まろうどエマノン / 7月のイギリスで2週間 / 夢野久作全集 5

『ドミノ』 恩田陸 角川文庫

保険会社の社員、オーディションに挑む子役、俳句サークルのために集まった老人たちや爆弾を仕掛けようとする過激派「まだらの紐」のメンバー。その他多数、全く関係なく生きている人々がちょっとしたきっかけで事件に巻き込まれていきます。そう、まるで一つ倒れれば最後のコマまで止まらないドミノ倒しのように。

事の発端は、田舎から俳句サークル仲間に会う為に上京してきた我妻俊策の持っていた「どらや」の紙袋とひとりの若い男性の全く同じ袋がちょっとした手違いで入れ替わってしまったこと。 はてさてその紙袋にはとんでもないものがはいっていたのですが、我妻俊作はいたってのん気。無事サークル仲間にも会えてホッとしたところ、どうもその仲間の様子がおかしい。

舞台は変わって保険会社のオフィス。契約の目標達成がかかっているというのに、契約書を持った社員が列車事故で身動きが取れなくなったという。 車もつかまらない状況でさてどうする。

またまた変わって、舞台の子役のオーディション会場。いつも選ばれる子と選ばれない子。不公平だと言っても仕方がない。子供たちは日々真剣に闘っているのだ。

一見関係のなさそうな人々、出来事が順に繰り出されてきます。まるで場面転換の多い映画を観ているよう。

幹事決定戦に挑むミス研(ミステリ研究会)の部員に、別れ話をしに来た男女、新進気鋭の映画監督などがまだまだからんできて、物語は複雑になるかと思いきや、東京駅で全てが収束するのです。

さてさて、全ての事象が集まって、結果起った事件も解決。思わぬ理由で関わることになった人々も、別々の日常へと戻っていきます。あの東京駅の一日はあくまでもイレギュラー。でも誰の身にも、そうこの瞬間にでも起り得ること。こんなことありえないなんて笑っていたら、ある日事件の舞台に立つことになるかも。

エンターテイメントとして楽しめる作品でした。

一つ気になった点は、物語を膨らませ過ぎな事。差し入れに悩む保険会社社員やミス研のやり取り、列車停止の理由やオーディション会場の様子などはもっとコンパクトにまとめることが出来たのではないかなあと思います。 無駄を省いた作品が好きな、あくまでも私個人の好み・わがままなんですけどね。 同じく読んだ母曰く、「わざとはなしを広げているんでしょう」とのこと。母はあまり気にならないというし、やはり個人差ですね。

恩田陸さんの作品を読むのは、これで2作目で、以前読んだ『三月は深き紅の淵を』はやや難解で消化不良な感があったのですが、本作はすっきりと読み終えることができました。

Amazon 『ドミノ』
cat;mystery cat;onndar

『合本・青春殺人事件』 辻真先 創元ミステリ

辻真先さんの著作ははじめてです。あまりよく存じ上げないのですが、沢山御本を出されている方なのですね。

さてこの『合本・青春殺人事件』は『仮題・中学殺人事件』と『盗作・高校殺人事件 』『改訂・受験殺人事 』という朝日ソノラマから出ていた作品をまとめたものです。この3冊は最近創元推理社からまた文庫で発売されました。 この合本ですがエピローグとプロローグ、そして『一件落着! 』という短編が加筆されており、別々の短編とも、一冊のまとまった連作とも読むことが出来ます。現在在庫切れで手に入らないようなのが残念。どうしてもこの合本の形で読みたかったので、地元図書館をあたったところ、無事見つかりました。よかった。 目次を見ていただいた方が構造はわかりやすいと思うので、下記をご参照下さいませ。

(目次)

ポテトこと牧薩次とスーパーこと可能キリコ。この二人のコンビが探偵となり、また書き手となり活躍します。 ちなみに"ポテト"は薩次の顔のでこぼこから、まるでじゃがいものようだとキリコがいいだしたのが始まり。"スーパー"はキリコが何でも出来るスーパーウーマン(活躍ぶりは作中でどうぞ)であること、そして実家がスーパーを営んでいることに由来するという。

さて、第1作目の『仮題・中学殺人事件』ですが、 「この小説中に伏在する真犯人は、きみなんです。」 と初めの一ページ目に宣言するかなり自信ありのよう。 さてどんなものかと読み進めましたが、すぐにオチが分かってしまいました。なんだぁという拍子抜けする結末だったので、ちょっと不満でした。

『盗作・高校殺人事件』においては 作者は被害者であり犯人であり探偵であるなんてものすごい離れ業をやっておりますが、どうもインパクトに欠けますねえ。

『改訂・受験殺人事件』に至っては、 「犯人は私だ」 と冒頭で宣言。うーん。これは犯人が誰であろうとどうもぱっとしないオチですねえ。犯人がいくら○○た状態でも(ネタバレなので伏せますが)、そんな行動は取らんだろうと思うのですが。

作品全体としての意外な犯人!の発想は面白いのですが、どうもこじつけな感が否めません。 とさんざん貶してきましたが、先入観なしに普通の推理小説だと思って読めば、まあそれなりに楽しめます。 私の場合は書評を見て過剰に期待していたのが災いしたためあまり楽しめず、残念でした。

推理小説って読めば読むほど経験値が上がってトリックは大体見破れるようになるので、もっと昔に読んでいたら、素直に驚けたのかなあとも思います。 ということは、初めて先入観なしに読んだ推理小説が一番面白いんだろうな。私はどれが初めてかはっきり覚えていませんが、クリスティの作品には間違いありません。そのせいかクリスティがやっぱり推理小説家の中では一番好きだす。子供向けの編集版(伏線をはしょっているので推理も何もあったもんではない。)ではメソポタミヤの殺人、ふつうの文庫では『ゴルフ場殺人事件』(ハヤカワ・ミステリ)だったと思うのですが、今度確かめてみようかな。

そうそう、作中や解説でかなりの推理小説のネタバレをしております。特に『黄色い部屋の謎』未読の方は要注意。 『黄色い〜』のトリック自体はこの小説とは何の関わりも無かったので、ただの例として挙げるのならもっと伏せたいい方にして欲しかったな。私の大好きな作品です。

あと、青春小説として楽しめると解説にもあるのですが、世代差かまったくリアリティを感じませんでした。 特に『受験・殺人事件』ですが、本当にあんなにも進学に第一な学校があるのでしょうか。 私の通っていた高校はかなりのんびりしたもので、全校生徒一致で受験という雰囲気ではなかったのでよく分かりません。 進学校出身の友人(何故かかなり多い)の話を聞いて見ると、やはり学力別クラス制や受験中心の授業体勢であったと聞き、あまりに自分の高校とのギャップを感じたのでこんなものかな。 そうそう、受験が控えた3年の3学期は全部休みって学校が多いのですか? 私の高校は通常授業で、私は期末試験の合間の日曜にすべり止めを受け、本命校受験3日前にやっと試験が終わったのですが、その話しをすると大抵珍しがられます。あ、1,2年生には強制のマラソンが免責されるのは嬉しかったな。

えっと、感想というよりも愚痴に近くなって申しわけありません。これが私が素直に感じたことです。 ジュヴナイル(少年少女向け小説)にしてはレベルが高いと評価されているようですが、子供に読ませるのならばこそ、もっと上質のものを提示していただきたいと思います。子供向け=適当でいいでは子供を馬鹿にしていますよ。 この作品は高く評価されている方が多いようなので、わざと反対意見としてこのような文章になりました。

しかし、解説までもが本全体の謎に取り込まれてるというオチは心憎いですね〜。そんなわけでエピローグから解説を読み終えるまで気を抜けない、遊び心のある本になっております。

Amazon 『合本・青春殺人事件』
cat;book cat;tsujim

『夜光曲』 田中芳樹 詳伝社NON NOVEL

"薬師寺涼子の怪事件簿"シリーズ『夜光曲』読みました。 1巻から新刊が出る度に追いかけておりましたが、気がつけばこのシリーズ、もう6冊目なのですね〜。

「ドラよけお涼」の異名を持つ薬師寺涼子。職業警察官、階級は警視。日本屈指のセキュリティ・サービス会社JACESの社長令嬢であり、自身も大株主。金にも職にも困らず、さらに誰もが振り返るような美貌の持ち主。 こんな彼女の問題点はその性格。口を開けば出てくるのは辛辣な皮肉。警察上層部の人間の弱みを握って好き放題。おもしろければそれでよし。「勝てば官軍」が好きな言葉。「ドラよけ」とはドラキュラもよけて通るの意だとか。

彼女の性格の被害を主に受けるのが警視庁刑事部参事官付、泉田準一郎。自称善良なコッパ役人だけれども、彼もなかなか、薬師寺涼子に感化されたか、もともとその素地があったのかはわかりませんが、いい性格しています。 少なくとも2人の共通点は、権力者の曲がった根性が嫌いということ。

この2人を中心に、毎回起きる怪事件。舞台は現代東京だというのに、次々出てくる魑魅魍魎。今回の敵は見た目のグロテスクさからいえば一番かも。ネタバレになるので詳述は避けますね。

読みどころは涼子の権力者に向けた痛烈な皮肉。そんなにお嫌いですか?作者様といいたくなるほどにコケ下ろされた政治家達。特に某都知事はかわいそうなことになっておりますが、共感して笑ってしまった私も同罪ですね。その他某首相の口調など、上手く時事ネタを取り入れてるなーという感じです。

薬師寺警視と泉田警部補のなんだか微妙な仲も気になるところですが、難事件も無理やり片づけてしまう涼子のやり方は何度読んでも痛快です。しかしシリーズも続くとどうしてもマンネリになりがち。自作はもっとスケールの大きなものを期待しております。

Amazon 『夜光曲』
cat;book cat;tanakay

『予告された殺人の記録』 G. ガルシア=マルケス 野谷 文昭

"CRONICA DE UNA MUERTE ANUNCLADA" Gabriel Garcia Marquez

読み始めて、すぐにイメージしたのは、辺りを漂う霧。それも深く、延ばした手の指先が見えないような濃霧。そんな印象を受けました。

作中の時間軸は真っすぐではなく、色々な人の回顧を辿って30年前に起きた事件の様子が詳述されていきます。

町をあげての婚礼。式の主役は厳格に育てられた村の娘と、ある日その村へやって来たひとりの青年。 しかし娘はその日の晩の内に実家に戻されてしまう。その原因を家族に問われた娘はサンティアゴ・ナサールの名を挙げる。 娘の兄で双子の兄弟は、一族の名誉のためナサールを殺すと家を出る。出会う人々にこれからナサールを殺すと堂々と告げるが、それを聞いた人々の反応は様々であった。ある人は冗談と取り合わず、またある人はナサールに注意をしなければと奔走する。村中に噂が広がっているにも関わらず、ナサールの耳には犯行の被害に遭う直前まで入らなかった。

彼が殺されるのに、実は正当な理由はなかった。というのも、ナサールと娘は関係を持つ機会がなかったと考えられるからだ。しかし彼は殺された。不幸な偶然が重なっただけともいえるし、また必然であるような印象を受ける。 この事件を古き共同体の崩壊の象徴ととればなるほど、ナサールが殺された必然が浮かび上がる。これに関しては訳者あとがきに詳しいのでそちらに譲ることにする。

しかしこの小説とにかく濃い。150ページほどの中編だけれども、無駄をそぎ落とした分より内容は密になっている。朝一番に家を出ると思いがけず出会う、清浄な空気の中のむせ返るような霧のような小説だ。

親戚の家が山の中にあるのだが、まさにこの小説のような霧を一度だけ体験したことがある。まだ幼かったのだけれど、珍しさから来る興奮と、辺りの様子がわからない不安が印象的で、はっきりと覚えている。本を読んで同じ体験をまた繰り返すとは思わなかった。読みごたえのある1編だった。

Amazon 『予告された殺人の記録』
cat;book cat;garciam

『ピーター卿の事件溥』 ドロシー L.セイヤーズ 宇野 利泰 創元推理文庫

"THE CASEBOOK OF LORD PETER" Dorothy L. Sayers

サブタイトルは"シャーロック・ホームズのライヴァルたち"。短編集です。

ピーター・デス・ブレドン・ウィムジイ卿は貴族探偵として名の知られた15代デンヴァー公爵の次男。 英国有数の富豪貴族ということで、優雅な探偵ぶりを披露してくれます。 収録作品1作目の『鏡の映像』がややテンポが悪くて詰まっていたのですが、それ以降は古き良き探偵小説の趣があっていい雰囲気です。

中でも『ピーター・ウィムジー卿の奇怪な失踪』はゴシック・ホラーばりの演出にきちんとオチがつくのが気に入りました。

表紙に載っている解説に「女流推理作家ハリス・ヴェインとの恋愛を横糸に」と書いてあるのですが、これはちょっと問題のある記述だと思います。というのも、ハリスさんは1作品にしか出てきておりません。それもほんの二言三言喋るだけ。そんなわけでピーター卿とのなれ初めなどもさっぱり分からないまま、しかもかなり唐突登場の仕方をします。これは編纂に問題があると思うのだけれど、他の作品や長編も全部読めって事かな。

それは置いておくとして、やはり本書の魅力は貴族の生活の様子の記述。といってもそんなに詳しくもないし、ピーター卿は派手な生活をしておりませんが、やはり余裕から生まれる優雅さがあります。 そしてピーター卿が稀覯本の蒐集家という設定も魅力です。高価な書物に興味があるわけではないのですが、本の話しが載っていれば何でも面白く感じるのが本好きの性。この設定、推理ともしっかり絡めてあります。事件解決そっちのけでオークションに出てしまうのはちょっと困りものですけどね。

ある作品の中に出てくる双子に関するある説は(ネタバレになるから詳しくは書けなのです)本当かしらと調べてみましたが、正確なことは分からないけれども興味深いはなしです。"双子 左利き"あたりで検索すればおもしろい記事が結構でてきます。お読みになった後で調べることをおすすめしますね。

全くの余談ですが私は"両利き"です。もともと右利きで疑問を持たず過ごすこと十数年。ある日何だかお箸が持ちにくいな〜と思っていたら、左手で食べていたんですよ。気づけよ!って思いますけど、本当に自然に持っていたので驚きました。それ以来左右どちらでも不自由なく使えます。字を書くのなんかはやはり慣れているし、字がもともと右手で書きやすい構造になっているので右しか使いませんが、刃物を使う時や瓶の蓋を開ける時は左の方が握力があるので(これは昔から)重宝してます。 自分は右利きだと思い込んでいる方、案外左手も使えるかもしれませんよ〜。

Amazon 『ピーター卿の事件溥』
cat;book cat;dorothyl

『亜愛一郎の転倒』 泡坂妻夫 創元推理文庫 1997

"A IS FOR ACCIDENT"

写実性の完璧を極めたように思われる作家の絵から見つかる不思議な"間違い"。一晩にして消えてしまった家に童謡になぞらえられた殺人。 これらの謎を"不思議の"一言では片づけず、見事な解釈を見せてくれる連作短編集です。

探偵役は亜愛一郎。雲の写真ばかりを撮っている不思議な青年だ。色白で端正な顔立ちをしている。じっと立っていれば上品に見える彼だがドジばかり、ズレた言動を繰り返すなどと見た目と行動がちぐはぐだ。 そんな亜だけれど推理にかけては明晰な思考を働かせる。

第四話『意外な遺骸』は見立て殺人なのだけれど、犯人の行動の謎以外にもちょっとふざけた趣向が凝らしてあります。話を読み終えた後にもう一度タイトルを見てみましょう。

第八話『病人に刃物』においては転んだ男が起き上がった時には男の体に刃物が突き刺さっていた。誰にも刺すことは不可能だと思われたが、亜が世話になっていた出版社の編集長が容疑者とされてしまう。大筋はすぐによめたものの、どうしても刃物の出現法がわかりませんでした。まさかそういう発想の転換をするとは思わなかったので、してやられたと悔しいやら嬉しいやら。騙されて喜ぶっていうのも変な話ですが、私は好きです。

解説は田中芳樹。「だます達人、だまされる達人」のタイトルで、彼もだまされるのが楽しい人間の一人のようです。推理小説が好きな方は程度の差はあれ皆騙されるのが好きなのではないでしょうか。

Amazon 『亜愛一郎の転倒』
cat;book cat;awasakat

『マイナス・ゼロ』 広瀬正  集英社文庫 1983

事の始まりは昭和20年。空襲を受けた東京にて。 浜田俊夫はその空襲の時に亡くなった奇妙な隣人に18年後の同日、また家を訪れて欲しいという不思議な願い事をされる。 約束を果たすべく向かった先で出会ったのはその隣人の娘、啓子。でも彼女の様子が少しおかしいことに気がつく。彼女の時間は隣人が亡くなったあの夜で止まっていたのだ。

啓子のそばには奇妙な箱があった。金庫のように見えるそれは俗にいうタイム・マシンであるらしい。 昭和20年へと行くつもりで独りタイム・マシン動かした浜田がたどり着いた先は何故か昭和7年。戻ろうとする浜田に思わぬ妨害が入り、タイム・マシンは浜田を置いて未来へと行き去ってしまった。 しかたなくその時代でしばらく過ごすことにした彼は、知りあった大工の棟梁、通称カシラの世話になりつつ当面の生活のことを考えることにした。

実は、昭和9年になればタイム・マシンに乗るチャンスがあることがわかっているのだ。それまで何とかすれば良い。

主な舞台はタイム・スリップ先の昭和7年頃なのですが、その風俗描写が丁寧で、まるで自分も当時の銀座辺りを歩いているような気分になりました。 有名な事件も上手く取り入れられていて、なるほどと関心しました。ダットサンだとか名前しか聞いたことのない商品が新発売だったりととにかくその部分だけでも面白い。 時代の空気は違うけれど、案外生活は変わっていないのだなと思ったのが、浜田が用意した昼食。

半熟卵にバター、木村やのパン、クラフトのチーズ、スイフトのコンビーフ、それにバンホーテンのココアという豪勢な食事をはじめた。 俊夫はウイスキーを飲んだ。ごひいきの、ジョニーの黒.....明治屋で一本九円で買ったやつである。

クラフトのチーズは大好きだし、バンホーテンのココアは常備しています。ジョニーの黒は飲む機会が今までありませんでしたが、それ以外は全部一度は口にしたことがあるもの。今と一緒ですね。豪勢というほどのものではありませんけれど、定番商品です。

さて、上手く元の時代に帰られるのかというと、一筋縄ではいきません。 そして話は進み、ある時点に戻るのですが、なるほど、こういう事情があったのかと納得。 そして意外な形の(といっても慣れた人なら先に読めてしまうかなー)幸せな結末でした。

この本、文庫版は在庫切れになっていたため手に入れるまでに結構な時間がかかったのですが、探し回った甲斐あり、読んだ甲斐ありの本でした。

Amazon 『マイナス・ゼロ』
cat;book cat;hiroset

『敵は海賊・海賊編』 神林長平 ハヤカワ文庫JA

宇宙海賊課刑事ラテルとアプロが追うのは幻の宇宙海賊、ヨウメイ・シャローム・ツザッキイ 。 フィラール星の王女の失踪が絡んで物語は複雑に。 更にはもう一人のラテルとアプロ、ヨウメイまで登場する始末。世界はどうなっているのやら。

わかりやすい"お約束"の宇宙ものですが、ラテルとアプロの掛け合いがコミカルで、ドタバタしているうちにSFなんて括りはどうでもよくなってしまいます。

「敵は海賊」シリーズ第1巻(*)にもかかわらず、"海賊版"と名付ける辺りが神林長平らしいですね。単に面白いから付けただけのタイトルかと思いきや、内容もたしかに"海賊版"なのです。

シリーズに続刊が出ていて、特に読むつもりはなかったのですが、登場人物の海賊課刑事ラテルとアプロのコンビが妙に気に入ってしまったので、もっと読んでいこうと思います。

(*)海賊課初登場は短編『敵は海賊』。神林長平『狐と踊れ』に収録

Amazon 『敵は海賊・海賊編』
cat;book cat;kannbayashit

『まろうどエマノン』 梶尾真治 徳間デュアル文庫

地球に生命が誕生してからすべての記憶を引き継ぐ少女、エマノン。 彼女と、彼女に出会う人々を描くシリーズの第4巻です。

第1作目の『おもいでエマノン』(梶尾真治『おもいでエマノン』徳間デュアル文庫収録)におけるエマノンの新鮮は、今思うと彼女に関する情報の少なさにあったのではないかと思います。 謎が多いことでその存在がより際立って魅力的なものに思えたのですが、巻が進につれてエマノンの姿がはっきりしてくると、どうも以前ほどには惹かれなくなってしまいました。

未知のものを知りたいという欲求と、知って残念に思う気持ちは矛盾していて、読者のわがままかもしれませんが、出来ればあまりエマノンに関しての描写はあまりしないで欲しいなあと思うのです。 特に彼女の魅力は"一瞬にして過ぎ去ってしまう謎"というところにあると私は考えているので、短編の方がより面白く感じます。 そんなわけで中編に当たる本作はちょっと期待外れでした。

人情味溢れる作風も梶尾さんらしい設定だったけれど、感傷的すぎて私は苦手だなという印象を受けました。 挿し絵が鶴田謙二さんなのは嬉しいんですけどね〜。

Amazon 『おもいでエマノン』
cat;book cat;kajios

『7月のイギリスで2週間』 王由由 東京書籍

軽く気軽に読めるものをと思い選びました。雑貨店「TWICE」のオーナー、王由由さんのエッセイです。

イギリスに関するエッセイは何冊か読んでいますが、大体が男性(何故か大学教授が多い)のものばかりだったので、女性の視点から見たイギリスというのが新鮮でした。特に食に関する興味はやはり女性の方が大きいようですね。道々で見かけるティ・ルームにはしゃぐ様子などは私も似たようなことをしてるなーと思い、共感出来ます。

定番のクリーム・ティ(スコーンと紅茶のセット)やアフタヌーン・ティ、豪華なディナーももちろんいいのですが、パブで取る食事やスーパーマーケットで手に入る食材も美味しそう。中でも一番気になったのが、ブリーチーズのサンドウィッチ。

チーズといっしょに、半分に切ったマスカットみたいな黄みどり色のぶどうが入っていて、やさしいイエローとグリーンの組み合わせが、とてもきれい。 食べてみると、チーズのネットリ感にぶどうの皮のパリッがいっしょになって、はじめての食感です。 そして、ブリーの塩味にぶどうのさわやかな甘さが、ナカナカのバランス、(絶対にマネして作ってみたい)と思うおいしさでした。

このぶどうの種類がわかったら家でも作れそう。本当に美味しそう!

そしてやはり雑貨店を営んでらっしゃるだけあって、雑貨やアンティークの買い物も欠かしません。 実は私、あまりアンティークに興味がないんです。見る分には今にないデザインも多く面白いのですが、新品を自分で馴染むまで使う方がいいと考えているからです。 でもこの本を読むと、偶然の出会いに運命を感じるような、そんな買い物も楽しいかなと思いました。

Amazon 『7月のイギリスで2週間』
cat;book cat;ouyuyu

『夢野久作全集 5』 夢野久作 ちくま文庫

『ドグラ・マグラ』で有名な夢野久作。 『犬上博士』と『超人鬚野博士』の2作品が収録されています。

『犬上博士』

犬上博士の異名をとり、近所のもので知らないものはいないという変わり者が自ら幼少時代を語るという構造になっています。

育ての親に連れられて、旅をし行く先で踊りを披露しては金を稼ぐという生活をしていた子供の頃の犬上博士、当時の呼び名はチイ。 踊りを教えてくれた男親は気弱で悪い人ではないけれど、女親の八つ当たりが酷い。それでも逃げるなどということは思いもせず、せいぜい大人になったら今に見てろと腹の底で思うぐらい。 このチイ、かわいらしくて踊りも上手い。そんなわけで土地の名士から目をかけられたり、それがきっかけで抗争に巻き込まれたりとなにやら波乱含みの人生が待っています。

しかしこの子、口が悪い。でも非常に素直で子供らしい発想は大人達にこの子は神のお使いだと言わしめることに。 県知事を前に物おじせず「禿茶瓶」なんて言うのはまあこの子ぐらいのものですわな。

そしてチイが当たり前の道理を主張すると、大人たちのよく泣くこと。なぜこんなにも泣きたがるのかしらんとチイが思うのも最ものこと。 ここに出てくる大人たちは身勝手で、勝手に同情して、勝手にけんかして、当然のことに目が曇っているからチイのような真っすぐな存在が希有に感じられるようです。

変なところで話が終わっているのですが、解説によると連載打ち切りのため未完成の作品だそう。 でも、未来を具体的には示さないこの話の終わり方は、チイの奔放さをより魅力ある形で表現しているようにも感じられました。

方言なのか古いからなのか、初めはわからない言葉が多かったのですが、慣れてしまえばテンポのよいこの作品、すいすいと読み終えることが出来ました。

『超人鬚野博士』

犬を拾っては研究室に売って生活を立てている鬚野博士。幼いころ(といってもチイよりは年上)には見せ物小屋で曲芸を披露していたり、それが縁で金持ちのパトロンの元で化学に打ち込んでみたりといろいろやっていたようです。 そんな博士がある犬を拾ったために相談事を受けるのですが、これには思わぬ種明かしが待っているのでした。

犬上博士と鬚野博士、両者はどことなく似ていて、少なくとも同じモチーフから生まれたことは間違いないようです。 しかし幼少期の犬上博士、チイが自覚もせずに周りを巻き込む運命の神のごときであったに対して、重要な役割を果たしていると自称する鬚野博士が傍観者としかなりえなかったという点から、子供と大人である二人に大きな断絶を感じます。 物語のテンポの良さも、登場人物の魅力も、圧倒的に『犬上博士』の方が上だと感じました。

Amazon 『夢野久作全集5』
cat;book cat;yumenok
next
*FILE BOX