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BOOK

2005年3月

怪盗ニックの事件簿 / オヂがパソコンを買うという暴挙 / 誰の死体? / 怪盗ニック対女怪盗サンドラ / 体の贈り物

『怪盗ニックの事件簿』  エドワード・D・ホック ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1983

"THE ADVENTURES OF THE THIEF" EDWARD D. HOCK

この本、小学生の頃に知って読みたいと思い、中学生の時なんとか図書館で見つけて、さらに偶然の出会いでこの間手に入れることが出来たのですが、ややこしい経緯と思い入れがあるんで、それはまた別の機会に勝手に語ってみたいと思います。

さて内容ですが、価値のないものばかりを盗む怪盗ニックが主人公。 彼は依頼人から報酬を受け取り指示されたものを盗むのですが、なにせ珍しいもの、高額なものは一切お断りというわけで、今まで盗んだものはビルの文字だとかプールの水だとかとにかく変なものでかつあまり価値のないものばかり。 依頼人はニックの定めた定額2万ドル(インフレに永らく対抗していたけれど、事情により『昨日の新聞』より2万5千ドルに値上げ)という高額を払うわけで、依頼するにはそれなりの事情があるわけです。 そのため悪人に利用されることもしばしばで、窮地を抜け出すためにニックは探偵の真似事をするはめになることにも。 怪盗ものの醍醐味「どう盗むか」に加え、「なぜ盗むか」という謎、更には巻き込まれた事件を解決するための推理まで加わり何重もの魅力を楽しむ事が出来ます。

『劇場切符の謎』は「なぜ盗むか」の謎が大きくて好きな作品です。 公演はもう終了した劇の切符がまだ売られている窓口がある。ニックはその切符を盗むよう依頼されるのですが、なぜ使えない切符を買う人がいるのか、それを盗めと依頼する人がいるのかという疑問が出てきます。さらには切符の売人も殺されてしまい、謎は深まるばかり。 もちろん切符は理由があって売られているのですが、珍しくも私が早く気がついたのとは対照的に、ニックがなかなか真相にたどり着かなかったのでやきもきしました。

もう一つ、面白いというか読んでいて緊張したのが『昨日の新聞』。ニックはある意味最大の危機に瀕するわけですが、彼の恋人、グロリアの一言がかっこいいんですよ。この話だけでも是非ご一読を。

私の手元にあるのはポケミス版ですが、リンクは最近出た改訳された文庫版です。

Amazon 『怪盗ニックの事件簿』
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『オヂがパソコンを買うという暴挙』  田淵純一 アスキー出版局 2000

MacPower連載の『私を初心者とかビギナーと呼ばないでいただきたい』を単行本化したものです。

数年前の話になりますが、パソコンを買う時に色んな雑誌を検討してみたんです。それで一番面白かったのがMacPowerだったんですよ。この『私を初心者とか〜』の連載がパソコン雑誌に載っているというのが凄いなあと。というのも、全くパソコンを理解していない(振りをしている)オヂが書いているんですもん。今では笑い話にしかならないジンジャー(スクーターもどき。覚えてらっしゃいますか?)に入れ込んで、新情報を逃さないために携帯を買うとか、パソコンともう関係もない記事もあったなあ。 それを読んで余裕のある雑誌だなあと思ったんです。必死にあれもこれもと売りつけるんじゃなくて、パソコンを笑いものに出来るユーモアがあると。 そんなこんなで私は現在Macユーザーになったわけです。

さてこの『オヂ〜』ですが、1995年から1999年12月号までの連載を収録しています。 95年といえばあのWindows95発売があった年なわけで、当時はまだパソコンってもう一つ役に立たないな〜という印象があったせいで興味がなかったのですが、今読んでみると色々な周辺事情があったようで面白いのです。私がパソコンを使い出したのはWindows98からなので、それ以前の状況はほとんど知らず、改めて勉強になりました。 そう言えば昔パソコンゲームの雑誌(今はもうないゲーム会社から出ていた。お金もパソコンもないので立ち読みでした。)で、付録がフロッピーからCD−ROMになったとか、95対応になったとか騒いでいたような記憶がありますが、丁度この頃なのですね。

まずパソコンを買うところから始まって、買わずに数ヶ月もうろうろしたパソコン関係の連載ってこれ以外にないんじゃないでしょうか。そんな作者もいつの間にやらDTPをこなすようになり、勤めていた会社は辞めてと環境が変わっていきます。作者ご本人よりそのご家族の方が変化したのかな。専業主婦だった奥さんはMacと出会うことでパートに出、ついには雇われ社長に。大学生だった娘さんはアメリカへ留学。 いろいろあるけれども筆者のパソコンに対するスタンス("インターネットだ?そんなもの大したことないじゃないか"の章なんか参考になります。ネットの匿名性のおもしろさに関する意見は共感出来ます。)だとか、オヂらしいジョークがいつまでも変わらずにあるというのが嬉しいです。 これからの連載も楽しみにしています。続きの単行本化も希望!

Amazon 『オヂがパソコンを買うという暴挙』
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『誰の死体?』  ドロシー・L・セイヤーズ 浅羽莢子 創元推理文庫 1993

"WHOSE BODY?" Dorothy L. Sayers

貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿が活躍するシリーズ第1作目です。 以前同じくピーター卿が登場する短編集を読んでいますが、長編は本作が初めてです。

ピーター卿の母の知りあいの家で死体が見つかった。見つかった家の者とは全く無関係の身元不明のその死体は、見つかったのが風呂場だからなのか裸で、浴槽の中に横たわっていた。それも本人の物としては不似合いな鼻眼鏡をかけて。

誰が死体を運び込んだのか。なぜ裸でなくてはならなかったのか。 その事件と平行して一人の事業家が行方不明になっていた。特徴が似ていたため死体はその実業家のものかと思われたが、全くの他人であった。 誰だか分からない死体と行方の分からない実業家。二つの事件が絡みあい、それらを解決すべくパーカー警部と共にピーター卿は調査を開始する。

死体の謎ですが、なぜ犯人がそこまで手の込んだ事をしたのかが良く分かりません。事件解決後犯人により自白がなされるのですが、説明を聞いてもわかりません。 死体と自分を結びつけられなければ良いとのことでした。それなら物取りの被害に遭ったように見せかけて殺した方が早いのにと思ってしまった自分に、それ以前に殺すなよと突っ込んでしまいましたが。 そんなわけで大胆かつ巧妙で自分ってば頭がいいと自惚れている犯人は間抜け以外に見えませんでした。

批判で終わりというのもなんなので、推理以外の要素で面白かった点を挙げてみたいと思います。 まずは短編の感想でも書きましたが、ピーター卿が稀覯本マニアだということが良いです。本に関わる話なら何でも興味を持ってしまいます。

それから有能なる執事、バンターの存在。非の打ち所のない有能さに礼儀正しさ。是非一家に一人は欲しい執事の鑑です。更にはピーター卿の探偵趣味にも理解があるということで、助手として、調査員として忙しく立ち回ります。このパンターがいるかいないかでピーター卿の生活も大分変わるだろうなあと思います。

そしてピーター卿自身の人柄。古書蒐集と同じぐらいに素人探偵活動に熱を入れあげてはいるけれど、他人の生活をかき乱すことにもなる自分の行為に疑問を持ち、人を疑いたくはないという優しさを持ちます。 繊細であるがゆえに他人の罪や不幸、過去の戦争へ参加した時の記憶に悩まされながらも、表向きは大らかな態度を崩さない。そんなピーター卿の魅力あってこその作品だと思いました。

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『怪盗ニック対女怪盗サンドラ』 エドワード・D・ホック 木村二郎・訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 2004

怪盗ニックが活躍するシリーズを収めた短編集第4巻。3巻までは以前ハヤカワのポケミスから出ていた分が最近文庫化されましたが、本作はついに文庫オリジナル版。 ニックのライバルとなるサンドラ、またの名を<白の女王>と呼ばれる女怪盗が登場するものばかりを集めた作品集です。

「不可能を朝食前に」をモットーとする彼女は、そのキャッチフレーズの通り犯行を朝食前に行います。 この「不可能を〜」の元はルイス・キャロルの有名な作品、『鏡の国のアリス』の白の女王のセリフからヒントを得たもの。 ちょうど平行して読んでいたセイヤーズの『誰の死体?』にも引用があった言葉なので、有名なのかな。『鏡の国のアリス』は10年ほど前に読んだきりなので覚えていないのです。

ニックとサンドラの関係が商売敵から窮地を救いあう仲間に、そして友人へと変化していく様もおもしろいです。サンドラが関わる仕事はニックもしくじりが多いのがなんともイライラさせられるのですが、ストーリー上しかたないのかな。でもサンドラはニック以上に失敗ばかりです。よく商売が勤まるものだなあと関心。

ニックが仕事をしているところにサンドラが絡んでくる、ニックが窮地のところをサンドラが助ける。または逆でサンドラが危機に陥ったところをニックが助ける。偶然出会う。そしてサンドラが盗んだものをまた盗み帰すようニックが依頼される。この五つのパターンで話はカバー出来てしまうので、どうもマンネリになりがち。サンドラが登場するものとそうでないものを半々程度にしてもらえた方が楽しめたかなあという印象でした。

推理の方はいつもの通り冴えています。禿げた男が持っている櫛だとか、蛇遣いの使っている籠(蛇ではなくてね)だとか、体重計だとか、相も変わらず価値のないものばかりを盗み出すニック。 盗みの理由がちょっと苦しいかなというものもややありますが、裏金流通の思わぬ方法は予想もつきませんでしたし、バースデイ・ケーキのロウソクを盗む理由なんて全くわかりませんでした。

原作者のホックにはこれからもニックのシリーズを書いて欲しいですし、未訳の作品が沢山あるのでそれも是非文庫の続きとして出て欲しいなと楽しみにしています。

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『体の贈り物』 レベッカ・ブラウン 柴田元幸・訳 新潮文庫 2004

主人公はホーム・ケアワーカーとして働く女性。 彼女の世話を必要とするのは、末期で体が弱り不自由になったエイズ患者である。 主人公と患者、そしてその家族や友人、恋人との係わり合いを描く。 各章の題が『〜の贈り物』で統一された、数作の短編からなる連作です。

こう書くとありがちな、感動の押し付けをするような話に思えるかもしれませんが、読んでみれば全く違うイメージを受けるはず。 説明すればするほど、自分が読んで感じたことからは遠ざかってしまうので、感想など何も書かない。何も言わない。が一番良いのかも知れない。 けれども書かずにはいられない魅力のある小説です。

主人公の視点で淡々と語られる文章は、一切の感傷を排しているというのに、読み手の感情に訴えかける力が非常に強い。 私は身内を癌で亡くしているのですが、癌患者の末期とエイズ患者の末期、体が弱っていく様子なんかがとても似ているのですね。だから当時の事を思い出し、動揺して読み進める事が出来ない部分もありました。

病人と世話をする者が突きつけられる生々しい現実を、避けずに書いているところに好感を持ちました。 人間って生きてるんだ。生物なんだと実感することが、看病をしてみて受ける一番大きなショックだったのです。

作中に登場する患者は若い人、老人、男性、女性さまざまですが、ゆるやかにでも確実に死が近づいてくるというのはとてつもなく大きな絶望なのだと思います。人間って不思議なもので、自分が無事に明日を迎えることが出来るという保証もないのに、10年後の予定を立てたりして、死ぬ事なんて考えた事もないような素振りでほとんどの日々を過ごしている人が大半だと思います。 けれども、死に至る病に罹った人たちは否応なく自分の死、そしてその対となる生というものを感じ、考えざるを得ない。そしてその家族たちもまた然り。 そこには悲しみや後悔、苛立ち、向ける対象のない怒りなど、負の感情がつきまといます。 けれども、そんな状況だからこそ見えてくる愛しさ、喜びもあるのです。最終章『悼みの贈り物』でやはり死期の近い患者に「(前略)悼むことができなくちゃいけないのよ。」と言わせた作者は、そのことをよく知っているのだと思います。 死は死にゆく者から家族への"未来という贈り物"なのではないか。そんなことを思いました。

Amazon『 体の贈り物 』
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